「かれらは私たち人間に

身をゆだねなければ

生きていけない。

 

だから、私たちの

身勝手さを

許してくれる。

 

そして、私たちの

忘れてしまった

純粋なものを

そっと見せてくれる。」

 

――「そして…猫を飼う」より抜粋(『犬を飼う そして…猫を飼う』収録)

 

『犬を飼う そして…猫を飼う』。帯には、谷口ジローさんの愛猫ボロの絵

 

谷口ジローさんと、自宅で生まれた猫のボケ

 

クロ(2代目)。ボケときょうだい。冬毛もっふもふ

 

2017年2月11日に急逝した漫画家・谷口ジローさん。バンド・デシネ(フランス語圏の漫画。芸術性が高い作品が多い)の巨匠、メビウス(ジャン・ジロー)らの影響を強く受けた精細なタッチで、人や街、自然、動物などさまざまなモチーフを描いた作家です。2011年にはフランス政府芸術文化勲章も受章。今なお、欧州を中心に高い評価を得続けています。国内でも根強いファンを抱え、とくに2012年よりテレビドラマがシリーズ化された『孤独のグルメ』(原作:久住昌之さん)は広く知られています。

 

そんな彼の名作として頻繁にあげられる一つに、作品集『犬を飼う』(1991年〜)があります。年老いた愛犬の介護の日々と、ついに訪れた看取りを綴った「犬を飼う」。たらい回しにされて保護団体のもとに行きついたペルシャ猫を家族として迎え入れ、出産と子育てを見守り、暮らしに溶け込むまでを描く「そして…猫を飼う」「庭のながめ」「三人の日々」の猫3部作。収録されるこれらの作品は、谷口さんが飼っていた愛犬・愛猫たちとの実体験に基づいているそうです。

 

過去3度の単行本発売を経て、2018年6月29日に発売となった”決定版”のタイトルは、『犬を飼う そして…猫を飼う』(小学館)。上記4作品のほか、犬をテーマにした短編2本と、愛犬・愛猫との生活に触れたエッセイが収録されています。

 

本稿では、もともと谷口さんの大ファンであり、小学館入社後、営業職でありながら生前の谷口さんと親交を深め、この本の編集担当となった今本統人(つなと)さんに、今この作品集を改めて出版する理由や、谷口さんの愛犬・愛猫たちについてお聞きしました。谷口さんが抱いていた漫画への想い、魅力あふれるお人柄まで、お話は多岐にわたりました。

 

本稿執筆にあたって、谷口さんの奥様からお借りした写真や、原画を撮影させていただきました。関係各位にお礼申し上げます。

 

原画。「犬を飼う」の扉ページ

 

谷口ジローさんと、「犬を飼う」のモデルとなった愛犬のサスケ

 

危篤状態のタム。愛犬サスケの最期も、谷口さんはスケッチブックに記録していた

 

 

「猫の短編も、多くの方に知ってほしい」

 

――新装版の出版にあたって、書名を『犬を飼う そして…猫を飼う』へと変更した理由をお教えください。

 

今本 書名がずっと『犬を飼う』だったこともあって、「犬を飼う」の続編となる「そして…猫を飼う」以降の同シリーズの存在が、猫好きの方の間でもあまり認知されてこなかったことが大きな理由です。

 

今回収録したエッセイ「サスケとジロー」にくわしく書かれていますが、谷口先生は、幼い頃から動物がとてもお好きだった方。多数の作品に犬が登場するほか、『シートン』など動物たちが生きる姿を克明に表した作品も描いています。そんな先生が描く、犬や猫といっしょに暮らすことで感じる素晴らしさを、新たな読者に知ってほしいという思いがあり、先生の奥様ともご相談し、書名に「そして…猫を飼う」までを含めることにしました。

 

これらの作品はいずれも、子供のいないご夫婦と犬猫たちとの関係性が描かれています。「犬を飼う」は愛犬の看取りがテーマですが、悲しみを共有したいわけではない、人とともに生きる動物がいかにかけがいのない存在であるかを伝えたい作品だと感じています。犬や猫を飼ったことがある方にも、なんで犬猫がいいの?と感じている方にも読んでいただきたいです。

 

谷口ジローさんとボケ。やはり冬毛がすごい

保護団体から迎えた妊娠した猫。出産の立ち合いも実話

 

――「犬を飼う」の老犬タム(タムタム)は谷口さんの愛犬サスケがモデルですが、「そして…猫を飼う」の以降の作品に登場する猫たちも、実際に飼っていた猫がモデルですよね? エッセイでは、漫画に登場するペルシャ猫ではなく、雑種の猫たちを迎えたエピソードが書かれていたのですが…。

 

今本 はい。先生が本当に飼っていた猫たちで、保護団体から迎えたペルシャ猫が妊娠していたのも、出産に立ち合ったのも事実です。モデルは母猫ボロ(本名)と、その子供たち=クロ(2代目。作中もクロ)、ボケ(作中はゴマ)、キィちゃん(作中はキキ)一方で、エッセイに登場するポチとテム&クロのきょうだい猫は、愛犬のサスケが散歩中に見つけて保護した猫たちで、漫画には登場していません。「犬を飼う」も「そして…猫を飼う」も、ともに『ビックコミック』に掲載されたのは1991年。ボロが出産した年ですね。

 

今本さん手書き。ボロは3匹の出産後ゴン太も産む

 

「そして…猫を飼う」で描かれたボロの出産。実際に谷口夫妻が立ち会っている

 

「庭のながめ」の内容と同じく、子猫の1匹キィちゃんは里親さんのもとへ

 

 

「家族」との別れと出会い。谷口夫妻にとっても思い入れの強い作品集

 

――『犬を飼う』は、3度にわたって単行本化されています。今回の出版には、現在の猫漫画ブームをきっかけに作品を世に広めたい意図があったのでしょうか?

 

今本 猫漫画の流行りとはあまり関係なく、谷口先生が亡くなる少し前に、改めて『犬を飼う』を新装版として出せないかというお話をさせていただきました。そこに新作も収録できたら、という要望を先生にお伝えしたところ、犬が家にやってきた時や、猫を拾ってきた話なら描けるかもしれない…と乗り気で話していらっしゃったんです。残念ながら、実現できませんでしたが……。

 

エッセイに登場する捨て猫きょうだい、テム&クロ

 

 

――谷口さんにとって、『犬を飼う』はどんな作品だったと思いますか?

 

今本 自分たちの「家族」との別れ、出会いを描いた作品ですので、先生にとっても奥様にとっても、特別な想い入れがおありのようでした。私自身も、もともと谷口先生の大ファンで、『犬を飼う』は初めて出会った先生の本なんです。父親が何冊か持っていたうちの1冊で、中学1年生の時に読みました。

 

――中1で、谷口さんの作品を読んでいたのですか?

 

今本 この話をしたときに、谷口先生も驚いていらっしゃいました(笑)。先生の作品は、青年誌での連載、主人公が中年男性のものが多いので大人向けと思われやすいですが、例えばセリフが読めなかったとしても、絵とコマ運びだけで人物や動物の感情が伝わってくる。漫画として、とても読みやすいんです。実際、フランスで行った谷口先生のサイン会では、現地の小学生がサインを求めてきました。今回の本は「小学生以上のすべての方に読んでほしい」と紹介文などでは書いていますが、あながち大げさに言っているわけでもないんです。

 

「犬を飼う」は一コマずつじっくり見ても、タムの表情やしぐさが見事に描き分けられているんですよね。中学生の頃、うちでは犬を飼っていたのですが、だからこそなおさら、ここまで正確に、面白く、1匹の犬の特徴が描かれていることに驚きました。一方で、猫の作品では、また犬との違いを楽しそうに捉えていますよね。新しい家に迎えられたばかりの頃の緊張感、ブラッシングをされている時のリラックスした様子。うんこしているときの表情だったり。

 

動物に対する観察眼と精緻な描写が光るコマの連続

 

「谷口先生の人間性が伝わるような本にしたかった」

 

――少し話が逸れますが、今本さんは、谷口さんの遺作の単行本編集(『いざなうもの』)を担当されたとお聞きしました。

 

今本 2010年に先生と出会って以来、「いつか新作や本をいっしょに作らせていただきたい」というお話をしてきました。さまざまな事情があって、それはなかなか叶わなかったのですが、亡くなる少し前に「新作はすぐには厳しいから、近年の作品をまとめた単行本を作りましょう」というご提案をいただきました。その際、ずっと取り組まれていた新作「いざなうもの」も収録しようという話が出ていたのですが、 結果的にそれが絶筆となってしまいました。


お預かりした原稿を単行本化するにあたって、何か先生の言葉を収録したい、と思って奥様に尋ねて見せていただいたのが、先生が最期まで使っていた手帳です。そこに書かれていた内容は、遺言ではなく、「生きてまだ描くんだ」という本心の、いわば決意表明だったと思っています。

 

手帳に綴られた文。『いざなうもの』に収録

 

谷口ジローさんが使っていた原稿用紙

 

――『犬を飼う そして…猫を飼う』は、谷口さんの遺志を継ぐ形での出版となりました。そういう意味では、どういった本に仕上げたかったでしょうか?

 

今本 しっかりと、今の世の中に合うものにしたいと思いました。この作品集が描くテーマは、暮らしのかけがえのなさですよね。犬の死によって、生活が変わる。突然の猫との出会いによって、また生活が変わる。だからこそ気づかされる、今、存在するものたちのかけがえのなさ。

 

漫画を通して日々の生活を慈しむ体験は、なかなかできることではないと思います。そういった作品自体、漫画全体の中では、割合としては決して多くはありませんし。ただ、今のどこか殺伐とした世の中でも、暮らしを慈しむ体験を求めている人たちは存在するはず。今まで谷口先生の作品に触れる機会がなかった方々も含め、幅広い層の方に、この作品を届けていきたいと思っています。

 

もう一つ。先生の、温和で豊かな人間性も伝わるような本にしたかったんです。愛犬や愛猫とのプライベートショットや、エッセイを収録したのもそのためです。「私は犬であればどんな犬でも良い。例えば捨て犬でも見つけたら飼ってやろうと思っていた」というエッセイの一文にも、お人柄がよく出ていると思います。

 

今本統人さん。現在、小学館のマーケティング局と第三コミック局の両方に所属。お化けに好かれやすい

日本でも、もっと読んでくれたらいいのになぁ〜(笑)

 

――最後に、新たな読者に向かって一言お願いします。

 

今本 一般的に一つの作品が売れると、同じ漫画家のほかの作品も同時によく読まれるのですが、谷口先生の場合は『孤独のグルメ』のヒットの影響を、ほかの作品が受けなかったんですよね、なぜか(苦笑)。『孤独のグルメ』のファンの方、10人に1人でも、この本を読んでくださったら嬉しいです!

 

谷口先生自身も、より多くの方に作品を読んでもらいたいという想いを抱えていたようです。生前、いつもの穏やかさのまま、おっしゃっていました。「フランスだけじゃなくて日本でも、もっと読んでくれたらいいのになぁ〜(笑)」って。

 

 

(文・撮影/本木文恵

取材日:2018年7月12日

 

 

谷口ジロー

「犬を飼う そして…猫を飼う』(小学館)

発売日:2018年6月29日
定価:本体1200円+税

*担当編集の今本さんが更新するTwitter→谷口ジロー「犬を飼う猫を飼う」公式 @inu_wo_kau

 

▽ボロと3匹の子猫たち。「庭のながめ」より