ごはんたべて

ねて

うんちして

繰り返し

そこでの毎日はとても退屈だったけれど

こわい外の世界に戻るのは もうまっぴらだった

−−『退屈をあげる』より

 

冬の日に出会い、迎えることになった1匹の黒白猫との愛しい日常、そして看取りまでを、細やかな紙版画と、猫目線のモノローグとで綴った『退屈をあげる』(2017年10月発売/青土社)。モノクロの描写でありながら、冷たい雨のような命の静けさも、窓から差し込むおひさまの光のような温もりも、ともにじっくりと心に溶け込むように伝わってくる。そんな作品でした。

 

作者は、紙版画家であり、イラストレーターの坂本千明さん。作品のモデルになったのは先代猫の楳(うめ)ちゃんで、現在は生後2カ月から迎えた姉妹猫、煤(すす)ちゃん&墨(すみ)ちゃんと暮らしています。

 

墨ちゃんと『退屈をあげる』

 

保護団体「南中野地域ねこの会」から迎えた墨ちゃん(左)と煤ちゃん。TNRのために捕獲されたノラ猫のお腹に宿っていた5匹のうちの2匹

 

そんな彼女が、自ら作ったフリーペーパーがあります。A4版の両面で、猫を室外で飼うリスクを物語形式で解説した、その名も『ねこの室内飼いのススメ』。坂本さんの作品展の会場やギャラリー、ショップなどで配布されているほか、インターネット上でデータをダウンロードすることもできます。

 

配布に至った経緯には、とある1匹の猫への想いがあるという坂本さん。お話を聞きました。

 

2017年年始に配布を開始。初版1000部の配布を終え、現在はデザイン等を変更したカラーの改訂版(写真)を配布

 

表面。改訂版のデザインは、「ギャラリー芝生」のオーナーでデザイナーの遊佐一弥さんが担当

 

交通事故で大ケガを負った猫が、制作のきっかけに

 

――まず、愛猫の墨ちゃん、煤ちゃんとの暮らしの中で感じることは?

 

坂本 墨はしっかり者で、煤は内弁慶。当初1匹だけ譲っていただくつもりでいたところ、「きょうだいだと楽よ〜」という口車(?)にまんまと乗っかったわけですが、結果2匹で本当によかったです。留守中も寂しくないですし、お互いがいて当たり前の存在なので。

 

将来、どちらかが先立つ日が来たら、残された方をちゃんとケアしてあげられるだろうか、という今から早すぎる心配をしています。でも、きっとそれも多くを教わる経験になるのだろうと思います。

 

年齢的にも、もしかしたら子猫から飼うという経験はこの2匹が最後になるかもしれないので、貴重な経験をさせてもらっていると毎日実感しています。

 

黒猫の墨ちゃん。お腹の下側に2箇所、白い毛色=「エンジェルマーク」入り

 

煤ちゃん。見た目はほぼ黒猫ですが、上毛の付け根近くは白い「スモーク」柄

 

――『ねこの室内飼いのススメ』を作るまでの経緯は?

 

坂本 2015年5月に、青森の実家の近所で飼われていた半外飼いの猫が交通事故に遭ったことから、室内飼いに関するフリーペーパーを作りたいという気持ちが生まれました。

 

事故に遭ったのは、実家の庭先に毎日のように現れて、私も何気なくおやつをあげていた猫です。一命は取り留め、飼い主さんも献身的なリハビリを続けましたが、下半身は動かないまま、車椅子や飼い主さんの介護が必要になってしまいました。

 

いつもと同じように見送って、また会える。それが決して当たり前ではなく、本当は奇跡のようなことだったのだということが、その時になって初めてわかりました。帰る家のある猫を無責任にかわいがって、いわば猫の「おいしいところ」だけを楽しんでいた。身勝手であることは自覚しながらも。防げたはずだったのになぜ、と。

 

それからすぐに『ねこの室内飼いのススメ』の制作に取り掛かり、大まかなラフ段階まで描きました。しかし、当時は両親の介護生活真っ只中だったことや、年が明けて2月に長く闘病していた母が亡くなったこともあり、時間的にも気持ち的にも余裕がなく、立ち止まっていました。

 

2016年5月、この猫が半身不随であるにも関わらず脱走し、そのまま行方不明となってしまったことが、再び制作に向かった理由です。猫は今も行方がわからずにいます。

 

制作のきっかけとなった半身不随の猫

 

「一度飼うと決めた生き物には、生涯を全うしてほしい」

 

――このフリーペーパーで、伝えたいこととは?

 

坂本 猫を飼っている人や、これから飼いたいと思っている人に向けた「飼い方の提案」のひとつだと思っています。

 

室内飼いをすることで猫の自由を奪うことになるのではないかと考えている方や、そもそも猫を室内だけで飼うことができることを知らない方、猫にあまり興味のない方にも、「外で自由気ままに見える猫には、その反面、危険がいっぱいだったんだ」ということを、知っていただくキッカケになれば。

 

猫を室内で飼うことについては、同じように猫を好きな人、大切に思っている人、飼っている人の中でさえも、さまざまな考え方があります。簡単に「これが正しい」とは言い切れない、とても複雑で難しいテーマだとも考えています。なぜなら、言葉を交わせない猫にとって何が本当の「幸せ」で「不幸せ」なのかということが、人にはわかり得ないからです。

 

ただ、私は一度飼うと決めた生き物には、その生涯を全うしてほしい。

 

事故に遭って重篤な障害を負ってしまったり、死んでしまったり、家を出て行ったきり理由もわからないまま二度と会えなくなってしまった時に、「この猫の運命だったのだからしかたがない」とは思えない。だから室内飼いを選択します。このフリーペーパーは、「もしあなただったらどうですか?」という問いかけの手段でもあります。

 

 

――『ねこの室内飼いのススメ』を、インターネット上から自由にダウンロードできるようにした理由は?

 

坂本 自分が配布できない地域でも広がってくれる可能性があるという点でも、フリーダウンロードは重要だと考えました。

 

現在は、過去に展示やグッズ販売で取引があったり、内容に賛同してくださったお店やギャラリーで配布していますが、そのほとんどは都心部で、「室内飼い」という考え方が浸透しているエリアです。私の地元のような地方でも、室内飼いへの理解をもっと広めていきたいです。

 

(文/本木文恵))

※写真は、坂本千明さんが撮影(一部を除く)

 

取材日:2018年6月20日

 

 

 

坂本千明  (さかもとちあき)

紙版画家、イラストレーター。青森県出身。現在は、夫と、黒猫姉妹の煤ちゃん&墨ちゃん(ともにメス・6才)と東京在住。 先代猫の楳(うめ)ちゃんとの日々を綴った『退屈をあげる』(青土社)発売中。

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*Twitter→@chiakisakamoto

 

★『退屈をあげる』巡回展は以下のスケジュールで開催予定。 

※日程が変更する可能性もありますので、各公式サイトでご確認ください。

 

●7/21(土)〜8/1(水) 大分/日田リベルテ http://liberte.main.jp/

     
●8/10(金)〜21(火) 盛岡/shop+spaceひめくり http://himekuri-morioka.com/

『うつわと猫』大沼道行(陶磁器)×坂本千明(紙版画)二人展  

同時開催『退屈をあげる』原画展

 

●8/29(水)〜9/24(月) 名古屋/シャトンルージュ http://chaton-rouge.com/

      
●10/25(木)〜30(火) 札幌/CONTEXT-S (札幌)http://www.geocities.jp/context_s/ 

作品展 +『退屈をあげる』原画展

 

 

▷『ねこの室内飼いのススメ』は、坂本さんのブログ「今日もマウスで5分」からダウンロードできます

「ねこの室内飼いのススメ」