猫はもともと中近東の半砂漠地帯の出身。ご先祖であるリビアヤマネコの身体的な特徴や習性を受け継いでいることから、「比較的暑さに強い動物」といえるかもしれません。しかしながら、日本の夏の特徴である「高温多湿」には適応しにくく、飼い猫たちも熱中症にかかることがあります

 

猫は、人のように全身から汗を出すことができないうえ、通常は犬のように舌を出して熱を逃すことをしないので、発汗や呼吸による体温調整が苦手です。肉球からわずかな汗をかいたり、耳などの毛の薄い部位から熱を放つほか、毛づくろいで体に付けた唾液を気化させることで、暑さによる体温上昇を防いでいます。ところが湿度が高い環境では唾液も蒸発しにくいため、気化熱による体温調節が困難になります。

 

とくに最近の気候変動やヒートアイランド現象などによる、猛暑傾向によって熱中症のリスクは確実に高まっています。熱中症まで至らなくても、「食欲不振」「元気がなくなる」といった、人でいう“夏バテ”状態になることも。ただでさえ、一年中 “毛皮”をまとっている猫。暑さに負けず、夏でも快適&健康に過ごせるように、飼い主さんが対策してあげましょう。

「猫には猫の」熱中症対策を。

 

 

熱中症にかかりやすいシーン&対策

 

締め切った空間や移動中など、特定の条件下で熱中症のリスクが高まります。以下、熱中症にかかりやすいシーンと、飼い主さんができる対策です。

 

<シーン1 締め切った空間で>

 

エアコンの効いていない「風通しの悪い」「高温多湿」の室内、とくに扉を閉じたケージ内や狭い部屋などの逃げ道のない閉鎖空間では、熱した空気から逃れられずに熱中症にかかりやすくなります。東日本大震災後しばらくは、エアコンを使わず、扇風機や電気を使わないクールグッズの活用で暑さを乗り切るアイデアが積極的に発信されましたが、近年の猛暑では、猫にもエアコンが不可欠です。猫だけで留守番させる場合も、できるかぎり使ってあげてください。

 

対策

 

▶︎室温は28℃以下、湿度は50~60%が目安

同じ設定温度でも、家の構造や日当たりなどの条件によって、空気の冷え方は異なります。エアコンの設定温度よりも、温湿度計などで猫がよくいる居場所が高温多湿になっていないかチェックするほうがいいでしょう。

 

出かける前にエアコンのスイッチを入れて、帰って来て暑いなと思ったら「暖房」にしてしまっていたというのもたまに聞くケースです。外出の直前に慌てているとミスをしやすいので、余裕を持ってスイッチを入れましょう。

 

 

▶︎エアコンのある部屋・ない部屋を自由に行き来できるようにする

▶︎猫がよく休む場所やケージは、エアコンの風や直射日光を避けた場所へ

▶︎市販のクールマットや冷感グッズを活用する 

猫は温度の変化や風の流れに敏感。エアコンの風が直接当たるのを嫌がる猫もいたり、シニア猫なら室温が少し下がっただけで寒がったりもします。また、エアコンの故障によって熱中症になった猫もいます。こうしたことから、一つの居場所を厳密に快適に保つことを目指すよりも、快適な環境を「猫自身が選べる」ようにすることが大切です。ドアを少し開けてストッパーを付けるなど、猫が部屋から部屋へ移動できるようにしてあげましょう。

 

 

▶︎出かける前に、猫の居場所を確認する

クローゼットに入っていたり、ベランダに出てしまっているのに飼い主さんが気づかずに、そのまま扉を閉めてしまい、猫が熱中症になったケースもあります。出かける前に、愛猫たち全員がどこにいるか確認しましょう。

 

 

<シーン2 飲み水が足りていなくて>

 

長時間水を飲めないでいると、熱中症による脱水症状を引き起こしやすくなります。「猫に飲ませる」というより「猫が自分から水を飲みたくなる工夫」をしましょう。

 

対策

 

▶︎1匹飼いでも、水飲み容器は複数必要

留守番中に器をひっくり返してしまうことも考え、水飲み容器は家中に複数個用意を。

 

水は大きめのボウルに、たっぷりと。高温多湿の環境では細菌が繁殖して痛みやすいので、留守にする場合も朝と帰宅後の2回は取り替えて鮮度を保ちましょう。猫が飲みやすいように置く場所も工夫を。

 

(例)

・猫がよく歩く場所に置いて、通りがかりに飲めるようにする

・食事や排泄場所を避けて水を飲む習性を考慮し、食事やトイレから2m以上離れた場所に置く

・動きの鈍くなったシニア猫は、寝床の近くに置いてあげる など

 

▶︎”おいしいもの” で水分摂取してもらう

飲水量の低下は、夏バテの原因にもなります。愛猫の好みを探りながら、積極的に飲む工夫をぜひ取り入れてみてください。

 

(例)

・氷やぬるま湯など、愛猫が好きな「温度」のものを与える

・流れる水が好きなら、ウォーターファウンテン(流水が出る給水器)を使う

・いつものごはんにウエットフードをトッピング

・とろみのあるウエットフードをぬるま湯で割る

・塩なしでささみを茹でた汁をスープ代わりに など

 

とろみのあるウエットおやつに、ぬるま湯をたっぷり加えてスープに。

 

 

<シーン3 受診や帰省のための移動中>

 

完全室内飼いの猫にとって、真夏の外出は「暑さ」+「緊張」が重なります。キャリーケースの中の温度が急上昇するだけではなく、猫自身が緊張して体温が上がってしまうという複合的な原因によって、熱中症のリスクが高くなります。

 

対策

 

▶︎キャリーケースに保冷剤を入れる

キャリーケース内を冷却して、温度上昇を防ぎます。猫の体が冷え過ぎたり、猫が噛んで中身が出ないようにするためにも、タオルやペッシーツなどで包んでから入れてください。水を入れて凍らせたペットボトルでも代用できます。キャリーケースが小さいと猫の体と保冷剤が密着し続けてしまうので、猫が避けられるスペースの確保は必要です。

 

保冷剤について:過去、柔らかいタイプの保冷剤のジェルに「エチレングリコール」という原料が使われ、ペットの誤食による中毒事故も発生しました。エチレングリコールは犬や猫が摂取すると、急性腎不全で死亡することもあります。最近製造されている保冷剤は含まれない傾向があり、例えば日本保冷剤工業会によると加盟メーカーの製品では使用されていないそうです。しかし、国内製でも具体的な原料名が記載されていないものもあり、「国内に流通している製品全て使われていない」かどうかはわかりません。飼い主さんが冷凍庫に長年入れっぱなしで繰り返して使い続けているものも含めて、原料不明の製品は避けたほうが安心です。

 

ちなみに柔らかい保冷枕には、「プロピレングリコール」という原料を使っている製品もあります。プロピレングリコールは猫が口にした場合、血球中のハインツ小体の増加や赤血球数の変化などを起こすリスクがあるとされています。食品添加物としても使用されている原料でエチレングリコールのような強い毒性はありませんが、ペットフード安全法に基づく省令の基準では、猫用フードへの使用が禁止されている原料です(犬は禁止されていない)。噛み癖がある猫には柔らかいタイプを使わない、使用する場合はしっかりとタオルで覆うなど、飼い主さんが注意してください。

 

 

▶︎キャリーケースを地面に近づけない

真夏のアスファルトはやけどしそうなほどの高温になるので、猫を入れたキャリーケースを直置きしないようにしましょう。地面に近いほど空気も高温になります。

 

服部先生が診察したケースでは、カートで引くタイプのキャリーケースで、熱中症になった猫も。とくに猫が入る部分が地面に近いもの(スーツケースのような形)は、内部に熱がこもり高温になります。夏場の使用は控えたほうがよいでしょう。

 

猛暑が予測される日は、移動を早朝にしたり、動物病院の受診を夕方以降にするなど、可能であれば時間帯も調整を

 

▶︎車内移動も、温度管理に注意

車内の高温・密閉空間は、乳幼児の事故で顕著ですが、猫にとっても危険です。キャリーケースに直射日光が当たらないようにし、エアコンを切った車内に猫だけを残さないようにしてください。長距離移動では、濡れタオルでときどき体の表面を拭いてあげてもいいでしょう。

 

▶︎できればキャリーケースに慣れさせておく

日頃からキャリーケースを扉を開けた状態で室内に置いてベッド代わりにしたり、入ってくれたらおやつをあげて「いいことがある」と覚えさせておきます。キャリーに慣れれば移動するときの猫のストレスや緊張が和らぐので、興奮状態にもなりにくくなるでしょう。

 

 

 

とくに熱中症に注意が必要な猫は?

 

以下のような猫は、とくに熱中症にかかりやすかったり、重症化しやすい傾向があります。

 

 

▶︎鼻ぺちゃの猫種

ペルシャやエキゾチックショートヘアー、ヒマラヤン、ミヌエットといった短頭種は、独特のマズルの形状から、鼻涙管が閉塞しやすい特徴があります。一般的なマズルの猫よりもスムーズに呼吸がしにくいため、呼吸による体温調整がしにくいと考えられます。

 

▶︎腎臓病・糖尿病・甲状腺の病気・心臓病など、持病がある猫

腎臓病・糖尿病・甲状腺機能亢進症などの持病がある猫は脱水しやすいので、入念な対策が必要です。また、心臓病にかかっている猫も、心機能に余裕がないため熱中症になってしまった場合に、重症化するリスクが考えられます。

 

▶︎ぽっちゃり体型の猫

蓄えられた皮下脂肪は「断熱材」のような役割を果たしてしまい、体の外へ熱を出しにくくなります。また、首回りまでぽっちゃりした肥満猫は、気管が圧迫されて呼吸機能が低下しやすくなります。

 

▶︎長毛猫

長い被毛で覆われた長毛猫は、暑さに弱い傾向があります。とくに毛の密度が高い寒さに強い猫種(サイベリアンやノルウェージャン・フォレストキャットなど)は注意。毛がもつれて毛玉ができると中が蒸れやすくなります。できてしまった毛の塊はコームでやさしくほぐしましょう。フェルト状に固まってしまうと、動物病院やサロンでトリミングの処置が必要なこともあります。

 

長毛猫は毎日ブラッシングを行い、抜け毛を取り除いてあげましょう。

 

▶︎子猫

体温を調整する体の機能が未発達です。春に生まれたばかりの子猫が最初に迎える夏は要注意。

 

▶︎シニア猫

加齢によって、体温を調整する機能が衰えています。また、動きが鈍くなって暑さが増した場所で長時間寝ていて熱中症にかかってしまったり、ぐったりしていても飼い主さんが気付きにくいといったリスクもあります。

 

▶︎怖がりな猫

来客を怖がって暑い部屋に逃げたり、クローゼットや押入れの奥に隠れて出てこなくなることがあります。冷房が効いて風通しのよい場所に、猫が隠れられるスペースを用意してあげましょう。

 

見下ろせて人の干渉を受けない、高さのある場所もあると安心できます。

 

熱中症のサイン、飼い主さんのチェック方法

 

熱中症が疑われる症状が表れたら、直ちに体を冷やしながら(冷やし方は下へ)、動物病院に連絡して指示を仰いでください命を救うためには、症状が現れてから30~60分以内に適切な処置を施すのが重要です。

 

飼い主さんが帰宅したら倒れていたケースなど「いつから症状があるのかわからない」場合は、処置の適切さよりも、とにかく冷やしながら動物病院へ連れて行くことを優先してください。

 

猫の熱中症のサイン

 

  • 体温が40℃を超える(猫の平熱は人よりも高く37.5〜39℃くらい)
  • 犬のようにハアハアと呼吸する(遊びに夢中になって興奮したときにも、息が荒くなるときがあります。猫が落ち着くまで、いったん休ませましょう)
  • よだれが出る
  • 足取りがふらついている
  • 脈拍・心拍数が増加している
  • 歯肉や舌、目が充血している

 

さらに進行すると…

以下のような症状が見られることがあります。命に関わりますので、一つでも当てはまるものがあれば一刻も早く獣医師に指示を仰いでください

 

  • 眼球が不規則に動く
  • 高頻度に嘔吐する
  • 下痢や血便が出る
  • ぐったりしている、意識がない
  • 痙攣が起きている
  • 呼吸困難で苦しそう
  • 脱水が起きている

 

【発熱のチェック方法】

 

▶︎「体温計で」熱をチェック

一般的には、ペット用の先が柔らかい体温計の先を2〜3cm肛門にさして「直腸温」を測ります。「猫の体をおさえながらしっぽを持って肛門を露出させる人」「体温を測る人」の2人がかりで行うほうがいいでしょう。耳の中に入れて測るタイプもあります。

 

▶︎「耳」が熱いかチェック

猫が嫌がって暴れるようなら無理して測定せず、耳を触ってみてください。毛が薄い部位なので、体を触るよりも発熱時の熱さに気が付きやすいです。平時のスキンシップで、「ふだんはどれくらいの温かさ・冷たさか」を確かめておきましょう。

 

 

【脱水のチェック方法】

 

▶︎「皮膚の戻り」をチェック

猫の背中から腰のあたりの皮膚をつまんでから、手を離してみます。皮膚の細胞に水分が行き渡っていればすぐにもとに戻りますが、ゆっくりと戻るときは体液が不足した脱水状態が疑われます。

 

▶︎「目」をチェック

いつもより目に輝きがなく、落ち窪んだような印象を受ける場合、脱水によって結膜が乾燥している可能性があります。

 

▶︎「口の中」をチェック

口の中の粘膜に潤いがなく、触ってみたときに乾いていたり、ベタベタした感触の場合、脱水の可能性があります(猫が噛む恐れがある場合は、無理に口を開けないでください)。

 

 

飼い主さんができる応急処置

 

▶︎濡れタオルや保冷剤で体を冷やす(冷やし過ぎはNG)

水道水で濡らしたタオルで体を包んだり、タオルで包んだ保冷剤で体を冷やします。人でも同じことがいえますが、おでこを冷やしても効果はありません。血流が多い「脇の下」「首」「鼠蹊部(後ろ足の付け根の内側)」を中心に冷やしましょう

 

早く体温を下げなくては!と焦るかと思いますが、「冷やし過ぎ」にも注意が必要です。冷水や氷で急激に冷やすと、体が体温を下げないようにする反応(抹消血管が収縮して温度の高い血液が各臓器に循環し、深部の熱が下がりにくくなる)を起こして逆効果です。また、体温を下げ過ぎて「低体温症」になると、命を落とす危険もあります。体温測定が可能なら、39℃を下回ったら冷やすのをやめましょう。

 

▶︎水分がとれそうであれば与える(無理やりはNG)

脱水症状を起こしている場合、猫が自分で飲める気力があれば、ゆっくり器を近づけて飲ませてあげましょう。ただし、猫がぐったりしているときに無理やり飲ませるのは避けてください。肺に水が入ってしまい誤嚥性肺炎を起こす危険があります。食欲があれば、ウエットタイプのおやつを与えてもOKですが、「動物病院に行けるなら急いで向かう」ことを優先してください。

 

2021.04.28更新

監修:服部 幸先生(東京猫医療センター 院長)

構成・文/本木文恵、写真提供(アメカヌちゃん&そらくん)/たむらりえ(@Riepoyonn

服部 幸(はっとり・ゆき)

猫専門病院「東京猫医療センター」(東京都江東区)院長。

「SyuSyu CAT Clinic」で院長を務めたのち、アメリカのテキサス州にある猫専門病院「Alamo Feline Health Center」にて研修プログラム修了。2012年に東京猫医療センターを開院。2014年より「JSFM(ねこ医学会)」理事。所属学会は「ISFM international society of feline medicine」。

猫からのおねがい 〜猫も人も幸せになれる迎え方&暮らし』(ねこねっこ、2020年3月24日発売)、『イラストでわかる! ネコ学大図鑑』(宝島社)、『ネコの看取りガイド』(エクスナレッジ)、『猫とわたしの終活手帳』(トランスワールドジャパン)ほか、猫に関する著書多数。

 

*これから猫を迎えたり、いっしょに暮らすうえで知っておきたいことを、もふもふぎゅっと詰め込んだ“令和版“のねこ生活ガイドブック『猫からのおねがい 猫も人も幸せになれる迎え方&暮らし』(服部幸先生監修、Riepoyonnさん撮影)好評発売中です。

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