生後間もない子犬と子猫の販売を禁止する「8週齢規制」(下の「議論の背景にあること」参照)について、動物学者の今泉忠明先生にお話を聞きました。

 

今泉先生は、全国の小学生が選ぶ「こどもの本総選挙」(主催:ポプラ社)で1位に選ばれた『ざんねんないきもの事典』などのベストセラーでもおなじみですが、イリオモテヤマネコをはじめ野生の猫科動物の研究者であり、猫(イエネコ)に関する著書も多数執筆・監修されています。これまでにも猫に関する取材を何度もお受けいただき、動物行動学の視点から見ても「8週齢までは子猫を母猫から引き離さない」ということを、繰り返しお聞きしてきました。

 

「8週齢規制」は、今年、動物の適正な取り扱い等を定めた国内の法律「動物の愛護及び管理に関する法律」の法改正にあたって盛り込まれるか注目されているポイントのひとつです。すでに改正法の内容は固まっている頃ですが、このタイミングで改めて、早期に母猫から引き離さないほうがよいとされる理由をお尋ねしてみたい、というのが本稿の意図です。

 

まずは要点:「8週齢規制」の背景にあること

「8週齢規制」とは、出生後 56 日を経過しない幼齢の犬猫を、販売のため、または販売の用に供するための引渡し・展示を禁止すること。出生から間もない幼齢の犬猫を親兄弟から引き離すことで適切な社会化がされずに、吠え癖や噛み癖などの問題行動を引き起こす可能性が高まることなどから、このような規制が求められています。

しかし、現行の「動物の愛護及び管理に関する法律」の「幼齢の犬又は猫に係る販売等の制限」は、「49日」=7週齢とされています(生後56日の制限ですが、附則によって「別に法律で定める日まで 49 日に読み替える」こととされています)。

*杉本彩さんが理事長を務める「公益財団法人動物環境・福祉協会Eva」のサイトにくわしく載っています→8週齢規制ってなに?

 

動物学者・今泉忠明先生

 

8週齢は、多くの猫が「外」を学ぶ時期

 

――今泉先生は、過去に中央環境審議会の動物愛護部会に委員として週齢規制の議論に参加されてきましたが(※1)改めて、子猫を母猫から引き離す時期は「8週齢」以降が望ましいと考える理由をお教えください。

※1中央環境審議会動物愛護部会(第11回)議事録中央環境審議会動物愛護部会(第13回)議事録

 

そもそも猫(イエネコ)は、リビアヤマネコという野生の猫科動物が先祖で、ネズミや鳥を捕まえて生きていたんだよね。猫にも狩りの本能が残っているから、人に飼われたり、お世話をされていなければ、狩りの練習に出かけるようになるんだけど、多くの猫がそうなるのがだいたい8週齢頃。自分でしっかりと歩けるようになって、獲物を捕まえる方法を母猫に教わる。

 

――ペットではなく「猫」という動物そのものの生態を見つめたときに、初めてもとの世界から外へ出ていく時期であるわけですね。ここから母猫の教えを通じて、単独行動の動物「猫」として自立していくと?

 

そう。ほかの猫と出会ったときにどうするかや、やっていいこといけないことも母猫から学んでいく。そして、猫としての生き方は社会化期の体験だけで完成するわけではないから、この先の「猫」としての生き方にも慣れていくために、きちんと自立していくことが大切。もし8週齢よりも前に母猫から離れるなら、本当は、そこから人間が母猫の代わりに狩りの練習をさせないといけないんだよね。

 

個体差を認めずに、平均から外れていくものを救わない

 

――イギリスやドイツなど、欧米先進国では8週齢の規制がされています(※2)が、国内では附則により7週齢(49日齢)となっています。こうした背景には、45日齢、7週齢、8週齢(56日齢)の意見が分かれていることがあるようですが、先生は7週齢と8週齢の差をどう捉えますか?

※2「海外における幼齢動物の販売規制の例」(環境省)

 

人もそうであるように、猫にも個体差がある。7週齢で狩りを始める猫もそれなりにいるけれど、「ほとんどの猫が完了する」という時期が8週齢。8週経っても、もたもたして甘えん坊で母猫にべったりの子猫だっている。だから7週齢で切ってしまうのは、個体差を認めずに平均から外れていくものを救わないということなんだよね。人だったら問題になるからそうはいかないけど、猫だと切られてしまう。

 

――一方で、2019年に入って大手のペットショップが生後57日齢以降の引き渡しを推奨する発表をするなど、ペット業者から「8週齢規制」を求める流れも出てきています。

 

昔はペット業者から反対されたけど、変わってきてるんだね。ただ規制をするなら「8週齢まで販売や流通をさせない」だけではだめで、8週齢まできちんと「母猫と過ごす」ことが必要。子猫だけでバックヤードにいて56日齢になってから出てくる、では意味がないから。

 

猫は、犬より社会化の完成に時間がかかる

 

――スウェーデンでは、「生後8週間以内の幼齢な犬、生後12週間以内の幼齢な猫は母親から引き離してはならない」と、犬と猫とで差があります。

 

猫を12週齢とするのは、先進的だろうね。完璧に社会化が完成する頃という意味では、猫は12週齢が望ましい。この頃までに、狩りをひと通り覚えるから。失敗はしながらも、母猫の力を借りずに積極的に狩りの練習をするようになる。犬は群れで生きる習性があるから、群れの中で学ぼうとするぶん親についている時間が短い。

 

――犬は、飼い主からも学んでいくことが多い?

 

そう。飼い主のことずっと見てるからね。でも、猫は親子でいる期間が長くないと技をマスターできない。分別もつかないで、手当たり次第に手加減なしのめちゃくちゃをやってしまうことがある。それが犬と猫とで大きな違い。本当は、犬は犬、猫は猫として、違う動物として考えないといけないんだよね。

 

週齢ごとの差を、実験で証明することはできない

 

――8週齢規制に対する反論として、「科学的な根拠がない」という意見があります。しかし現在は、実験動物に対する規制もあり、母猫から6週齢、7週齢、8週齢で引き離すような実験によって証明はできない。

 

そうだね。60年代頃は外国では盛んに研究がされてきたけれど、次第に猫を実験に使わないようになってきた。

 

――実験をしない方法として、環境省では「犬猫幼齢個体を親等から引き離す理想的な時期に関する調査検討会」が設置され、飼い主に対するアンケート調査が行われてきました。回答のあった犬 4033 匹、猫 1194匹分のデータ解析から、平成30年1月に「親兄弟から引き離す日齢(日齢3群の違い)と問題行動の発生の関係性は証明されなかった(※)」という検討結果が発表されています。

※幼齢犬猫個体を親等から引き離す理想的な時期に関する調査の検討結果について

 

実験ができないからアンケートをとる、というが今の時代なんだよね。でも、アンケート調査自体は「科学」ではない。犬や猫の飼い主さんは飼育経験などによって持っている知識が異なるし、専門家でも科学者でもないから。統計は「ひとつの結果」として捉えて、そこからは「〇〇の傾向がある」と考えるべき。ひとつの統計から結論を出して法律に組み込んではいけない。

 

観察を増やしていくこと

 

――アンケートに協力してくれる時点で良好な飼い主であってしつけが行き届き問題行動が起きにくくなっている可能性など、さまざまなバイアスを考えないといけない。……難しい問題ですね。

 

そうだね。でもね、あんまり悩むとノイローゼになって精神を壊しかねないからね。あなたが思った通りにはならないから。こういう問題はまだ過渡期だから、ひとりが同意を求めても難しいんだよ。

週齢規制にしたってまだわかっていないことが多くて例が少ないから、いつがいいのかという数字がぼや〜っとしているんだよね。実験はできないんだから、観察を増やしながら、自説をこつこつと証明していくしかない。

 

――販売のために人が意図的に引き離すのとは別に、ノラの母猫が育児放棄をした乳飲み子を保護して飼い始め、人に慣れさせていけることもありますよね。さまざまなケースで猫に起きることを、飼い主個人が発信しいくとか…?

 

そういうのが大事だよね。だって、8週で狩りの実践を始めた猫が12週にどうなるかとか、この期間に、子猫が母猫からどこまで教わっているのかとか、はっきりわかっていないことも多い。だから、人間がもっとよく観察しないといけない。猫のことってわかったようで、未知のことがいっぱいあるんだ。まだそういう段階だと思うけど。観察が集まることで、いつか統計上の誤差が減っていって大きな力になるんだよ。

 

(文・撮影/本木文恵

トップ画面の写真はイメージです。写真協力:©️Riepoyonn

取材日:2019年4月9日

 

 

今泉忠明(いまいずみただあき)

動物学者。国立科学博物館で哺乳類の分類・生態を研究。文部省(現・文部科学省)の国際生物計画調査、日本列島総合調査、環境庁(現・環境省)のイリオモテヤマネコの生態調査などに参加。ベストセラーとなった『ざんねんないきもの事典』(監修、高橋書店)他、猫に関する著書・監修本も多数。