2018年5月27日、「動物愛護社会化推進協会」による第21回目の公開シンポジウムが開催されました。テーマは、「ペットのストレスサインを見逃すな!」。動物行動学やペットの行動診療学、建築や住環境の観点から、3人の専門家が犬や猫を取り巻くストレスについて、一般の飼い主さんに向けて講演しました。
本記事では、「猫編」を担当した、藤井仁美先生(獣医師、獣医行動診療科認定医、コンパニオンアニマル行動カウンセラー)の講演をもとに、猫が受けるストレスの正体や、ストレスのサインに気づいたときの対処法を解説します!
「負の情動」が続くことで、ストレスに
「猫が感じるストレスは、犬や人が感じるストレスとは違うもの。猫がどんな動物かを知ることで、猫が何にストレスを感じるかわかります」と藤井先生。
では、まず猫はどのような感情をもつ動物でしょうか? 猫がその場で瞬時に感じる気持ち「情動」のうち、「こうしたい」というニーズに関するものは、おもに5つあるといいます。
A「要求」…ごはんなど必要なものを手に入れたい
B「楽しみの共有」…いっしょに遊んだり、楽しみたい
C「人や動物、物、場所に対する愛着」…安心したり、安全を確保したい
D「子育ての欲求」…自分の子どもを無事に育てたい(メスのみ)
E「性的な欲求」…交配や繁殖をしたい
人と暮らす猫の場合、去勢・避妊手術を受けることによって、「メスの子育ての欲求」(D)や、「性的な欲求」(E)は落ち着いている場合がほとんど。ですが、それらを除いた猫本来の行動に基づく情動は、人との生活の中でも強く残っています。これらのニーズが満たされないことや、脅かされたりすることで、「負の情動」が生まれます。
「負の情動」とは、以下のようなものです。
F「不満」…欲しているものが欠如したり、拒絶された
G「恐怖・不安」…脅威となるものに遭遇したり、脅威を予測した
H「嫌悪」…好ましくない・受け入れがたい対象を、回避・排除・攻撃したい
I「疼痛・不快感」…身体的に損傷や炎症がある
たとえば、飼い主さんに叩かれたという怖い経験をした猫は、「また叩かれるのでは?」という不安を感じます。ほかに、これまで自由に出入りできた場所に行けなくなった不満、自分の縄張りにきて欲しくない猫が来てしまったときの嫌悪など、こうした「負の情動」を感じ続けることによって、猫はストレスを溜めていきます。
猫のストレスサインは、おもに4つ
猫がストレスを感じているときには、見られる反応や行動は? 大きく4つに分類できるといいます。
1「回避」…相手から目をそらす、体を避ける、逃げる etc.
2「反発」…相手を威嚇する、噛む、引っ掻く etc.
3「抑制」…じっとして動かない、相手を見張る、隠れたままになる etc.
4「緩和」…転位行動をする、鳴く、ニオイ付けをする etc.
猫の場合、ストレスの原因となる対象から逃げたり、攻撃性を示すだけではなく、「抑制」や「緩和」の反応を見せることがあります。
「抑制」は、自分の行動を抑えながらも、視覚・聴覚・嗅覚で相手の情報は常に捉えている緊張状態です。「猫は怒りをエスカレートさせてしまうことがあるので、とくに攻撃性のサインである耳を逆立てた状態になっていないか(通称”イカ耳”)は、注意して見て欲しい」と藤井先生。「コミュニケーション中に見られたら、いったん猫から離れて。恐怖がないまぜになっていることもあるので、叱るのはNG」
「緩和」は、その状況とは関係のない行動をすることで、自分の気持ちをなだめるもの。恐怖を覚えたときに、毛づくろいをしたり、爪とぎをして”ごまかす”「転位行動」は猫によく見られます。
ストレスが続くと、病気や問題行動に
ストレスサインが何度も見られるときは、要注意。継続的なストレスによって、病気のような症状が表れることも。心因性の脱毛や、皮膚炎などの皮膚の症状、泌尿器系の症状として特発性膀胱炎などのほか、消化器系、呼吸器系、神経系の症状を引き起こす可能性があります。これらは医学的な検査や処置が必要になるので、病気が疑われる様子が見られたら動物病院に相談しましょう。
また、ストレスから「問題行動」に発展することがあります。問題行動とは、「猫にとっては正常な反応でも、人にとっては問題となる行動」のこと。人を噛んだり引っ掻いて攻撃する、トイレ以外の場所でオシッコをするといったケースが、猫ではよく見られます。
問題行動は無理になくそうとすると、ストレスをさらに悪化させる原因に。ストレスの正体に沿った治療が必要になります。「何がストレスの原因になっているかを把握し、整理するカウンセリングを受ける方法もあります。獣医行動診療科認定医がいる動物病院で相談してみても」(藤井先生)
猫のニーズを満たして、ストレスケアを
ストレスを避けるには、日常生活の中で猫本来のニーズを満たし、「負の情動」を回避することが重要です。例えば食事の欲求。猫が本来「食べる」には
獲物を探す・見つける→目で追う・そっと近く→追いかける→足で掴んで捕まえる→首元を噛んでとどめを刺す→持ち帰る→切り裂く→食べる
といった段階があります。家で生活する猫は待っていればフードを出してもらえますが、一方で、こうした本能的な欲求を満たす食事の方法を取り入れることで、満足感を与えることができます。「転がすとフードが出てくる知育玩具などを活用するといいですよ」(藤井先生)
ほかにも、猫が安心できる静かな居場所を用意する、不仲な猫同士の複数飼いの場合はトイレや食事場所にそれぞれが行きやすいように分けて配置するなど、猫がストレスを感じにくい空間づくりをしましょう。
また、爪切りやブラッシングが苦手な猫にはおやつをあげながら行うなど、好意的な関係づくりもストレスケアに重要です(そのほか、具体的な対策は「キャットストレス.com」というサイトにくわしく書かれています)。
猫のニーズを理解しながら、ストレスフリーな生活を目指しましょう!
(文・撮影/本木文恵)
記事の監修:藤井仁美先生
※小春ちゃんの写真はすべて藤井先生提供
<参考文献>
・Mills,D., Karagiannis,C., Zulch,H. : Stress-Its Effects on Health and Behavior: in G Landgberg and Valarie Tynes,V.(eds) : Behavior: A guide for Practitioners, Clinics Review Articles, Veterinary Clinics of North America: Small Animal Practice, 44(3) 525-541,2014.
藤井仁美(ふじい・ひとみ)
獣医師、獣医行動診療科認定医、コンパニオンアニマル行動カウンセラー。2001年英国応用ペット行動学センターにて研修、公認インストラクター資格を取得。2007年、英国サザンプトン大学院にて動物行動学を専攻。2009年コンパニオンアニマル行動カウンセラーのディプロマを取得。2013年獣医行動診療科認定医の資格を取得。代官山動物病院、自由が丘動物医療センターで行動問題の治療、しつけ指導を行っている。
★猫のストレスケアについては、藤井先生が監修した「猫ちゃんのストレス・フリーな生活のためのコラム」(「キャットストレス.com」内)もご参考に!
★シンポジウムを開催した「特定非営利活動法人 動物愛護社会化推進協会(HAPP)」公式サイト、Facebook